動揺したのは本当だ。だけど、だからといってオルコットからの求婚を蹴り、すべてを失ってまで彼のもとに飛び込むほど思い切れもしなかった。

「……ありがとう。嬉しいわ。本当よ。……でも」

「やっぱダメか。そうだよな。賢いオードリーと料理だけが取り柄の俺じゃ釣り合わないよな」

自嘲気味にそう言い、笑って見せたレイモンドはしかして瞳は潤んでいた。

「あの、この指輪」

「いいよ。捨てちゃって。俺もそれ見てるの辛いし。……じゃあな、幸せになれよ、オードリー!」

レイモンドは駆け出し、指輪はオードリーの手に残された。
一生つけることのない指輪。だけどオードリーはそれを捨てることはできなかった。

隠し持ったまま、オードリーはオルコット夫人となり王都での暮らしが始まる。
女性が学問をすることへの偏見は、都会でもそう変わらなかった。
むしろ人が多い分、嫌味の数は増え続けるばかりだ。それでも、オードリーは研究を続けたかった。それが唯一の取り柄だと思っていたし、夫も認めてくれていると思っていたから