オードリーの結婚の噂は、アイビーヒルでも広まった。
ある日、オードリーはレイモンドに呼び出される。

「結婚するって本当か?」

「ええ」

オードリーにとって、レイモンドは三歳年下の弟のようなものだ。
久しぶりに顔を合わせて、そんな彼がいつの間にか自分の背を抜かしていることに気づいて驚いた。

「レイ」

「……俺はまだ見習いの料理人だ。胸張ってこんなこと言えるような立場じゃないかもしれないが、ただ黙って見送るのにも耐えられない」

レイモンドの真剣な瞳に、撃ち抜かれたような気がした。
この青年は誰なのだ。ついこの間まで、肉親へ向けるのと同じ感情だけで接してきた少年だったはずなのに。
なのに、どうしてこんなに胸が揺り動かされる。

「オードリーがずっと好きだった。結婚してほしい」

差し出されたのは、指輪だった。受け取ったオルコットはそれをじっくりと見つめた。
金のリングに琥珀の石がついている。琥珀には濁りがあり、とても一級品とは言えない。だけど、今のレイモンドにとっては高級品だったろう。

「レイモンド」

オードリーはこのとき、はじめてレイモンドのことを男性という目線で眺めたのだ。
見習い料理人として切り株亭で働きながら、義父や母を支えている。ちょっとやんちゃだけど優しい男の子。
その時はじめて気づいたのだ。学は決してないが、人間としてレイモンドがとても魅力的な男性だということに。