「ううん。人とぶつかって転んじゃって気が付いたら無くなってた。絶対無くさないように、ぎゅって握ってたのに」

「人と? その人はどんな人でした?」

「わかんない。後ろからだったから、顔も見てないの。クリスが転んでも起こしてくれなかったよ」

普通、不注意で小さな子供を転ばせてしまったのだとしたら、抱き起して怪我の心配をするだろう。
それに、この通りは広い。人にぶつかるほど込み合っていたとは思えない。だって、クリスが転んでも誰も起こしてくれないくらい、その時は人通りがなかったのだろうから。

もし、これが単純に失くしたという話ではなく、盗まれたのだとしたら?
クリスが持っている指輪に気づき、ワザと彼女を転ばせ、離したすきに奪う。
それならば筋は通っているようにも思える。

そしてもし背中を押されたのだとしたら……。

「ちょっと失礼しますね!」

ロザリーは慌ててクリスの背中の匂いを嗅ぐ。
先ほど泣いたときに汗をかいたせいか、クリス本人の匂いが強い。そして背中を撫でていたロザリーの匂い。レイモンド、ザック、オードリー、そして……もうひとり。

「街の……人です。私、嗅いだことがあります。おかみさんのへそくりを探してほしいって言った、あのひと」

三十代くらいの男の人だ。茶色の髪で細めの、口元にほくろのある人。名前までは憶えていなかったが、匂いは覚えている。

「街の人間が? なぜだ?」

「わかりません。でも、探して話を聞いてみる価値はあるかもしれません。少なくとも、クリスさんを転ばせて助けなかったのは許せないので」

「そうだな。……ケネスに聞いてみよう。この街の人間のことならある程度頭に入っているはずだ。それに三十代ならランディやレイモンドと同年代だろう。あいつらのほうが知っているかもしれない」

ザックとロザリーは頷きあい、急いで宿まで戻った。