『俺、……複雑だなぁ』

父親ができるのは嬉しいけれど、母親が別の人のものになるようでそれもまた寂しい。
散歩しながら聞くレイモンドの話はとりとめがなかったけれど、リルはしっぽを振りながら聞いていた。

中央広場まで出ると、乗合馬車が停まっていた。危ないから、と立ち止まって行きすぎるのを待っていると、ひとりの女の子が降りてくる。

『あら、レイモンド。またリルのお散歩?』

『オードリー! 学校終わったのか?』

『ええ。もう帰るところよ。そこまで一緒に行きましょう?』

この街にあるファーストスクールを卒業したあと、街のミドルスクールより高度な勉強ができるグラマースクールに通い始めたオードリーだ。女性がグラマースクールに進学するのは珍しいが、オードリーは才能を見込まれ、イートン伯爵家の支援をうけた。とはいえ、支援金も限られている。下宿費用と乗合馬車代での通学代を秤にかけ、彼女は馬車通学を選択した。

オードリーを見つけるとレイモンドはいつも嬉しそうだ。声が跳ねるような響きを帯びる。
リルはその音の響きが好きで、また尻尾をぶんぶんと振る。

先ほどしたような話を、レイモンドはオードリーにもした。

『そうね。レイモンドの気持ちはわかるけど、おばさんにとっての幸せを考えてあげてもいいと思うわ。だって、一生懸命あなたのために頑張っているんだもの。レイだって、おばさんには幸せになってほしいでしょう?』

『……うん』

レイモンドの頬がうっすら染まる。

『じゃあ俺、リルを宿まで連れていくから』とレイモンドとオードリーは街の一角で別れた。