愁月がハクコになんらかの暗示をかけたのではないか。咲耶は、そういう推測をする。

ふう、と、息をついて、咲耶はひざ上に顔を伏せた。
とりとめもなく考えたあとは寝るだけだ。熟睡はできないが、多少は眠れる。

そんな咲耶の耳に、岩の上を下駄が鳴らす音が入ってきた。
牢番ではない。履き物の種類が違う。

「──アンタって、バカな子ねぇ……」

顔を上げた咲耶の目に映ったのは、赤褐色の髪を高い位置で結び、羽織袴姿の若武者を思わせる装いをしたセキコ・茜だった。

「とりあえず、コレ、渡しとくわね。アタシと美穂から差し入れ」

鉄格子の隙間から風呂敷包みを縦にして、無理やり入れてくる。
なんの気なしに受け取れば、布地のような感触と小さな塊があった。

「……開けてもいいですか?」
「どうぞ。そのために持って来たんだから。──で、食べながら、聞いてちょうだい」

茜の言葉通り、包みを開くと、なかから笹の葉にくるまれた握り飯と、打ち掛けが一枚あった。
早速、そでを通させてもらい、握り飯もありがたくいただく。

そんな咲耶を見下ろして、茜は溜息まじりに言った。

「……アンタの処分が決まったわ。
“神現しの宴”をぶち壊したことに関しては、不問に付すって」

咲耶は、口に頬張った少し塩辛く不恰好な握り飯を飲み込んでから確認する。

「──えっと……つまり、お(とが)め無しってことですよね?」
「まぁ、いま現在、仮にも“国獣”の伴侶が、こんなトコロに入れられてるのをなんとも思わなければ、ね。
アタシからしたら、これでも十分な『仕置き』だと思うけどね」

軽く首を横に振ったあと、茜が眉をひそめた。

「ただ、そのこととは別に、アンタ達には新たな問題がもちあがっているわ」
「私とハクに……ですか?」
「そう、アンタと『ハク』に」

強調された仮の名に、咲耶は嫌な胸騒ぎをおぼえ、茜の(とび)色の瞳を凝視した。
すると、茜のほうも、咲耶をじっと見つめ返してくる。

「名前……まだ伝えられていないようね?」
「……はい」
「尊臣は、そのことを今回の一件で知って……“花嫁”の首をすげ替えろと言ったそうよ」