相手の愛想のない態度とムダに綺麗な顔を前に、気後れして食が進まなかった咲耶に当の本人は気づいてはいないようだった。

「緊張? どうして?」
「どうしてって……」

純粋に疑問をぶつけてくる率直さに、咲耶は内心あきれる。

(この人、いままでどういう人付き合いしてきたんだろう?)

悪い人間ではないと思う。少なくとも、咲耶をだましてどうこうしようとするには、人との関わり方が致命的に下手過ぎる。

「にゃんとびっくりあいらんど」
「……はい?」

いきなり飛び出た言葉に、咲耶は目をしばたたく。

気づけば、自宅付近の裏通り。車を停めた彼の顔が咲耶に向けられた。
対向車のヘッドライトが、彫刻かと思うような無表情を一瞬だけ照らしだし、過ぎ去って行く。

(真顔で冗談? これ、笑うところ?)

反応にとまどっていると、綺麗な顔が咲耶をのぞきこむように傾けられる。

「知らない?」
「え? し、知らない」
「猫がたくさんいて触れ合えるところ」

首を思いきり横に振ると、抑揚なく説明が返ってきた。これは、つまり──。

「猫は好き?」
「好き!」

暗に次の約束を提示されたことよりも、単純に『猫』というワードに心が踊った事実は否めない。

「そう」

素っ気なく、短い返答。ともすれば、咲耶の嗜好(しこう)には興味ないとの相づちにも聞こえる。

だが。

街灯の照らすわずかな明かりのなか、彼はかろうじてそうと分かる微笑みを、浮かべたのだった。


       ※


いつになく客足の少ない午後。
雑用をやり尽くした咲耶は、本日三度目のレジ周り清掃をしていた。

「松元さん。休憩どうぞ?」

店長の村井佐智子からうながされ、壁時計を見やる。長針と短針がL字型を差し示す、おなじみの時間だ。

「はい、ありがとうございます」
「……少し長めにとってもらって構わないから、ゆっくり休んで」

言って微笑んだ佐智子の顔は、覇気がない。
咲耶の母親より少し若いはずだが、実年齢より上に見えてしまうほどだ。