(あったかい……)

心地よさに、自然とまぶたが落ちる。もふもふとした肌触りのそこへ頬を寄せ、咲耶はふたたび眠りについた──。


       *


南風が頬をなでていく。月影に映る己は、ヒトの形をしていた。

“化身”を覚えてからというもの、獣の姿でいるよりも人の姿でいることが多くなりつつあった。
“国獣”でいるために人型を為すことが必要不可欠だと男が言ったからだ。

誰かに呼ばれたような気がして(やしき)の庭へ出てきたはいいが、当然ながら誰もいない。
この空間には自分たち以外、生きたモノはいない(・・・・・・・・・)と、男から聞いている。
そもそも、人とも獣ともつかない自分を、誰が呼ぶというのか。

天を見上げれば、大きな満月が浮かぶ。他に何者の気配もない庭を、明るく照らす光。
耳鳴りがしそうなほどの静かな空間だった。

「……人の姿でいる必要があるのだろうか」

本性は獣のはずの己が。自らの口をついて出た言葉に、違和感を覚えた。刹那(せつな)──。

つむじの辺りの髪を上に引っ張られるような感覚と共に、咲耶は(・・・)宙に浮いていた。

(えっ……!)

分かたれた魂のように、先ほどまで自分だと思っていた存在(・・・・・・・・・・・)が、下に見えた。色素の薄い髪をした白い(うちぎ)姿の……おそらく少年が。

(私……?)

混乱が思考を襲う。あれが自分であるならば、いまこうして思考する自分は、いったい──。

するり、と、歩きながら身にまとった衣を脱ぎ捨てようとする少年の背に、ぎょっとして思わず叫ぶ。

『なっ、裸ッ、ダメっ、脱がないでっ……!』

咲耶の声に反応し、己だと思っていた存在が振り返った。
月下に映える絹糸のような髪を散らし、冴え冴えとした青みがかった黒い瞳が咲耶を射ぬく。

交わる視線が互いに驚きを示した。直後、よく似た面差しを知る咲耶の脳内で、彼の名がひらめく。

しかし──声に出せない。言葉にしようとする咲耶に対し、何か、阻む力が働いていた。

「……何者だ」

記憶に残るものより、わずかに高く感じる声音。放つ面は咲耶が知る彼よりも幼い。