「はああっ? 俺は単純に、咲耶サマサマを慰めてだなぁ……つか、いいトコ台無しだろーが!」
「様はひとつでいい! 貴様ごときが咲耶様をお慰めしようなどと、笑止千万!」
「──おだまり、阿呆な甲斐犬ども!」

シャーッ、という威嚇(いかく)音の直後、キジトラの猫が宙を飛んできた。
くるりと一回転で犬貴の背中に蹴りを入れ、反動で、犬朗の顔面に爪を立てる。
そして、最後は見事なまでに咲耶のひざ上にすとんと落ちた。

「……ッだあ! シャレになんねぇだろ、コレ……!」

両の前足で赤い毛が削がれた部分を押さえる虎毛犬と、無言で前かがみに背を押さえる黒い虎毛犬。
フン、と、転々が小さな鼻を鳴らした。

「知るか、ボケ犬。じゃれ合いたいなら表にお行きよ。
──咲耶さま、夜風はお身体に障りますよ? あたいと一緒に、もう寝ましょう?」

ゴロゴロとのどを鳴らし咲耶を見上げてくる転々に苦笑いを返していると、脇から手拭いが差し出された。

「ああああの、どうぞ、お使いください!」

思いきったように伸ばされた手の持ち主は、タヌキ耳の少年だった。
一連の“眷属”たちの騒動に、咲耶の涙は乾きつつあったが、たぬ吉の気遣いが嬉しく素直に受け取る。

「ありがとう、タンタン」
「は、はい!」

咲耶の言葉に耳を伏せて頬を染める少年を見やったのち、他の面面にも目を向けた。

「みんなも……ありがと」

咲耶が微笑むと、一様にみな、ホッとしたような表情を浮かべる。

(犬朗は“主”失格だなんて誰も思わないって、言ってくれたけど)

我に返れば、いい歳をして人目もはばからずに泣いてしまったのは、恥じるべきことに感じた。
と、同時に、和彰が『言葉』だけでなく“眷属”という『支え』を咲耶に与えてくれていたのだと、改めて実感する。

だからこそ、自分の心と向き合い不安や後悔を口にだした今、前に進むための『(かて)』となる彼らの存在を有り難く思えた。

「私……和彰と、約束したの」

名前を口にするだけで、こんなにも心が震える存在。咲耶のなかに沸き上がる衝動は、すべてかの者のため。