わずかにのぞき見える横顔に、沙雪の憂いがにじむ。だが、口を開きかけた虎次郎を、(りん)とした眼差しで制する。
「若、だからこそ、“花嫁”が『代行する者』となりえるのではありませんか?」
「なに?」

片眉をはねあげる虎次郎に、沙雪は言葉を重ねる。

「虎様方は、みな、“花嫁”以外には情の薄いご様子。かの方々が、御自ら民に慈悲を向けるとは、到底思えません。ですから」
「お前らしい、こじつけの見解だな。物事の成り立ちには、すべて意味があるとする……」

くくっ……と、のどの奥で笑って虎次郎は立ち上がった。足もとにある咲耶の水干を踏みつける。

「咲耶。お前の“神力(ちから)”は、脆弱(ぜいじゃく)だ。
民一人を救うのに、あれほどの時間を使い、そのたびに体力を失うようではな。
あれしきの“神力”で俺と対等に渡り合おうなどと考えるとは、片腹痛い」

傲岸(ごうがん)な笑みで咲耶を見下ろすと、虎次郎は袂をひるがえし、部屋を立ち去って行く。
ふと、思いだしたように足を止め、薄暗くなりつつある室内を振り返ってきた。

「次に会う時までには、少しは俺の役に立てるようになっておけよ?」

完全に咲耶を小馬鹿にした口調で言うと、今度こそ虎次郎は立ち去ったようだった。
──そして、咲耶の気力がもったのは、そこまでであった。

「……白の姫!?」

咲耶の異変に気づいたらしい沙雪の声が、遠くのほうでした──。


       *


──遠くのほうでした声がだんだんと近づき、やがてそれは人の話し声となった。

「それで? 薬師(くすし)はなんと言っているんだ」

「解毒しようにも毒の種類が分からなければ、調合のしようがないとのこと。ただ……」

「なんだ?」

「姫は、“神籍”に入っておられる方。それを侵す毒となれば、おのずと限られます。おそらく、只人であれば、死に至るものかと」