衛士の一人に追い払われた子供が、涙と鼻水でグシャグシャになった顔を咲耶に向け、驚いたように叫んだ。
見ればその顔は、咲耶のほうにも見覚えがあった。
──ここに来たばかりの時、“結界”のほころびから迷い出てきた子供だ。よろよろと咲耶に近づき、すがりついてくる。
「ねえちゃん、前に虎の神さまの嫁さんだって言ってたよな!? 神さま、呼べるか!? 呼んでくれるのか!? おいらの父ちゃん、助けてくれるか!?」
期待のこめられた眼差しと紅潮した頬。鼻をすすりながらも涙は止まったようで、咲耶の着物をぎゅっとつかみ、見上げてきた。
小さな手が伝えてくる切実な願い。咲耶は、その手をそっと握り返し軽く首を横に振った。
「ううん、呼ぶんじゃない。私が行くの。お父さんの所に、案内してもらえる?」
「咲耶様──!」
虎次郎が、とがめるように呼びかけてくる。咲耶は虎次郎に向き直り、頭を下げた。
「すみません。私が遅れると、尊臣さんに伝えていただけますか? ──犬朗!」
地中に向かって声をあげると、すぐさま赤虎毛の甲斐犬が姿を現した。
虎次郎以外は恐れおののく様を尻目に、咲耶は“主命”を下す。
「この子を、お願い。タンタンには、私を預けるわ」
次いで咲耶は、直立し眼帯をした強面の虎毛犬を見ておびえる子に、目線を合わせてかがみこんだ。
「……恐がらないで。この犬朗は、神さまの『お使い』なの。わかる?」
泣き止んだはずの子の顔が、ゆがむ。
咲耶と犬朗を交互に見ながら、唇を震わせ引き結んだのち、うなずいてみせた。
「父ちゃん……助けてくれるって……こと、だよな?」
「そうよ。だから私と犬朗に、お父さんの居場所、教えてちょうだい」
咲耶の言葉に、もう一度うなずく泥まみれの子を、犬朗が担ぐ。
おっかなびっくり背負われながらたどたどしい説明を始める男の子に誘導され、咲耶たちは駆けだした──。
見ればその顔は、咲耶のほうにも見覚えがあった。
──ここに来たばかりの時、“結界”のほころびから迷い出てきた子供だ。よろよろと咲耶に近づき、すがりついてくる。
「ねえちゃん、前に虎の神さまの嫁さんだって言ってたよな!? 神さま、呼べるか!? 呼んでくれるのか!? おいらの父ちゃん、助けてくれるか!?」
期待のこめられた眼差しと紅潮した頬。鼻をすすりながらも涙は止まったようで、咲耶の着物をぎゅっとつかみ、見上げてきた。
小さな手が伝えてくる切実な願い。咲耶は、その手をそっと握り返し軽く首を横に振った。
「ううん、呼ぶんじゃない。私が行くの。お父さんの所に、案内してもらえる?」
「咲耶様──!」
虎次郎が、とがめるように呼びかけてくる。咲耶は虎次郎に向き直り、頭を下げた。
「すみません。私が遅れると、尊臣さんに伝えていただけますか? ──犬朗!」
地中に向かって声をあげると、すぐさま赤虎毛の甲斐犬が姿を現した。
虎次郎以外は恐れおののく様を尻目に、咲耶は“主命”を下す。
「この子を、お願い。タンタンには、私を預けるわ」
次いで咲耶は、直立し眼帯をした強面の虎毛犬を見ておびえる子に、目線を合わせてかがみこんだ。
「……恐がらないで。この犬朗は、神さまの『お使い』なの。わかる?」
泣き止んだはずの子の顔が、ゆがむ。
咲耶と犬朗を交互に見ながら、唇を震わせ引き結んだのち、うなずいてみせた。
「父ちゃん……助けてくれるって……こと、だよな?」
「そうよ。だから私と犬朗に、お父さんの居場所、教えてちょうだい」
咲耶の言葉に、もう一度うなずく泥まみれの子を、犬朗が担ぐ。
おっかなびっくり背負われながらたどたどしい説明を始める男の子に誘導され、咲耶たちは駆けだした──。



