(確かに……勘違い、してた)

咲耶の身のうちに宿った“神力”は、本来は『白い神の獣』であるハクコ・和彰が象徴する力だ。
咲耶は、それを代行する存在にすぎない。
つまり──私欲で扱ってはならない力なのだ。
それがたとえ、大切な存在を救うという、純粋な想いからなるものだとしても。

(公の……公平にほどこすべき力だってことなんだよね、きっと)

考えだすと、かなりややこしい立場になってしまったようで、咲耶は大きな溜息をついた。
そんな咲耶の耳に、犬朗のかすれた声が響く。

「でもって、もひとつ勘違いしちゃなんねーのはさ」

咲耶の目の前で、犬朗が前足の指を一本立て、いたずらっぽく振ってみせた。

「俺も犬貴も、咲耶サマが必要以上に気にかけてくれているのは、すげー嬉しいんだって、コト。
──知ってるか?
俺ら“眷属”には、その『想い』だけで、かなりの『力』が与えられているんだ。だから、何もしてやれないだなんて、自分を責めっこナシだぜ?」

咲耶は思わず、犬朗のひざ上に顔を伏せた。
こらえてきたものがあふれて、止まらなかった。

頭上から、犬朗のぼやき声が聞こえてくる。

「──やべぇよ、咲耶サマ。ソレ反則。旦那に、なんて言い訳すっかなー……」

“証”のある右手が、犬朗の、まだ完全に()えぬ身体に触れて。

咲耶は犬朗の言葉通り、その想い(・・)によって、彼の身体を治してしまったのだった……。





「──……夕刻、お前の『気』の乱れを感じた。何があった?」

燈台(とうだい)の薄明かりだけが頼りの室内。咲耶から離れた唇が、低く問いかけてくる。
ちょっと笑って、咲耶は応えた。

「私が浮気してるとでも思ってんの? ハ……和彰ってば、意外に嫉妬深い?」

ずっと呼び続けた『仮の名』から『真の名』への移行が思うようにならず、咲耶は、いまだ慣れていなかった。
……多少、名前で呼ぶ気恥ずかしさも、手伝ってはいたが。

「お前の言うことは、時々理解に苦しむ。私が訊いているのは、お前の『気』を乱した原因だ」

咲耶は、自分の吐いたつまらない冗談に、軽く落ち込む。
言いたくないから茶化した咲耶に対し、和彰は突っ込むわけでもなく、正論で切り返してきたからだ。