急に聞こえてきた声の正体よりも、咲耶の脳内は放たれた言葉に反応し、事態の終息に努めようとする。

(矢……は、抜いちゃマズいんだっけ?)

刺さっている箇所にもよるだろうが、抜くことにより大量の出血が考えられる。
しかるべき処置ができるまで、圧迫するのが良かったのではないか。

そこまで考えて──咲耶は、絶望する。この世界には、救急車も病院もなく、医者……獣医師も、いない。

『なぜ手をこまねいておる。そなた、白い“花嫁”ではないのか』

あきれたような物言いに、咲耶はハッとして辺りを見回した。

穏やかな木漏れ日が差し込む、森のなか、だった。木々に被われているわりに陽当たりが良いのか、小さな草花が、そこかしこに咲いている。
こちらの季節は、そろそろ冬にさしかかるような秋の気候に思えたが、咲耶がいまいる場所は、なぜか春を思わせる暖かさだ。

(ここが“神獣の里”なの……?)

気にはなったが、いまはそれどころではないと、咲耶は頭に浮かんだ疑問を打ち消した。声のしたほうを、振り返る。

「どなたか知りませんが、傷の手当てができる方を、呼んできてもら──」

そこにいたのは、人の姿はしていても半透明な存在だった。

(なんでよりにもよってこんな時に、あからさまに妖しいものに声かけられちゃったのよ、私!)

見ないふりをすることも考えたが、懐から布を取り出しながら咲耶は言葉をつなぐ。この際、()り好みはできない。

「お願いします! 誰か、傷の処置ができる方を、寄越してください!」

矢じり側の傷口を圧迫するように押さえつけながら、白い煙のような若い女に向かい、懇願する。

女が、笑った。

『何を申すかと思えば。そなた、白い“花嫁”であろう? なぜ己にできることを他人(ひと)任せにするのだ』
「あの、私にできるくらいなら、最初から頼んだりしてません。お願いします、早く……!」
『笑止な。(わらわ)はそのような()れ言を聞くために、ここに()るわけではないぞえ?
なんと薄情な“花嫁”か。憐れなものよ。その“神の器”は、もう、もたぬぞ』

女の指が、虫の息のハクコを差した。

咲耶は我に返って、手の下のハクコを見つめた。すでに布は、意味をなさないくらい、ぐっしょりと血で濡れている。
どうしていいのか、解らない──いや。