「どうして私なの……」


百合子は、階段を上ってくる悪霊にぼそりと言った。


「どうして私なの?

私は、何も悪いことはしていないのに……」


悪霊は、少しずつ百合子に近づいていた。


「来ないで……。

あっちに行って……」


悪霊は、果物ナイフを持っている右手を胸の高さまで上げた。


「や、やめて……。

あなたは、いったい何なの?

あなたは、いったい誰なの?」


百合子がそう言うと、悪霊はおぞましい顔で不気味に笑った。


『私は……』


悪霊の白いレインコートから、真っ赤な血がにじんで、階段にポタポタと落ちた。


『私は……、立川……、早苗……』


百合子は、悪霊の切り刻まれた無数の傷跡を見た。


いったいこの人は、何度、刃物で顔を切られたのだろう。


『私は……、あなたと……、あなたの……、お母さんに……、会いにきたの……』


〈 立川早苗…… 〉


百合子は、その名前を初めて聞いた。


悪霊は、少しずつ階段を上り、悪霊の醜い傷だらけの顔は、しだいに百合子に近づいていた。


百合子は、悪霊が恐ろしくて後ずさりした。


『私は……』


地を這うような低い声が、廊下に響いた。


『罰を……、与えに……、来たの……。

あなたと……、あなたの……、お母さんに……』