開廷時間ぎりぎりに入って来た森山の姿を見て、野間口妙子はその異様な姿に驚いた。

 元々、多少ウェーブが掛かった髪だったが、何時もそれなりにきちんとしたスタイルに纏めていた。ついさっき迄は、そうなっていた。

 それが、だらし無く崩れ、水でも浴びたのか、水分を含んだ髪はカールが掛かっていた。

 淡いグレーのスーツは、濡れた部分が濃い斑になっている。

 書記官が森山を見て笑いを堪えていた。

 傍聴席からは、小さく失笑が零れた。

「どうしたの、いったい……」

「さぁて、やりますかぁ」

 野間口妙子の怪訝そうな視線を無視し、森山は公判資料を広げた。

 傍聴席からそれを見ていた浅野は、自分があの席に着いていればと後悔した。

 森山は、裁判のプレッシャーに潰れたか?

 今更自分が弁護人席へは行けない。

 こうなると、一緒の席に居る野間口妙子が頼りなのだが、午前中の二人のやり取りを見る限り、それも期待薄のような気がする。

 田所検事の方を見ると、森山の姿など端から眼中に無いとでも言うような無表情さで、この法廷内で一番冷静な人物に見える位だった。

 木山は見るからに落胆の様相を見せていた。

 予定時間より二分程遅れて午後の裁判が始まった。

 裁判長に促されて、森山が腰を上げるより一瞬早く、野間口妙子が立ち上がった。

「裁判長、弁護側の尋問は、私がさせて頂きます」

「どうぞ」

 腰を浮かし掛けた森山は、しばしその状態でいた。

 立ち上がった野間口妙子を見つめる森山の顔色が、怒りでどす黒く変色して行った。

「座って……」

「どういうつもりだ?」

「いいから座って……」

 小声で交わしてはいても、そのやり取りは、法廷内の人間全てに丸判りだ。

「弁護人、質問を始めて下さい」

 裁判長も苛立ちを隠し切れず、声を少し荒げた。