「お母さんと離れて怖かったね。もう大丈夫だよ。お母さん、呼んであげるからね」

少しでも不安を取り除いてあげたくて、なるべくゆっくりと笑顔で話しかけると、その子は涙を流すのを止めた。

迷子は珍しくはないけど、すぐに泣き止んでくれることは珍しい。
きっと、ここに来る間にさっきのお客さんが宥めてくれたからだと思った。

「お名前言える? 何歳かな?」
「……あゆ……」

……年齢までは言えないか。

「お母さんのお名前もわからないかな?」

一応、ダメ元でね。聞いてみなきゃね。
だけど、やっぱりなんの返答もなくて、唯一の情報は『あゆ』ちゃんということだけ。

「先輩、私、この子と一階で少しお母さんを探して、見つからなければそのまま迷子センターに連れていきますね」
「一階で見つかるといいねー。ほら、この前も……」
「……ですね。じゃあ、すみませんがお願いします。あゆちゃん、じゃ、いこっか」

あゆちゃんに左手を差し伸べると、鼻を啜りながら手を取ってくれた。
私はここまで連れてきてくれたお客さんが、迷子になっていたと教えてくれた場所へゆっくりと歩き出す。

「お母さんいたら教えてね」

そう声を掛けても、やっぱり2、3歳じゃ返事もないか。迷子っていう状況だしね。
返答のないあゆちゃんを見下ろして、先輩がさっき言いかけた話を思い出す。

それは、私もこういう仕事をして初めて知って驚いたことなんだけど。

迷子の親を店内放送で呼び出すと、その親が迷子センターに我が子がいると分かって、安心した結果、そのまま買い物を続けるという話。
要は、体のいい託児所扱いをする親がいるということだ。

噂でそんな親がいるという話を聞いていたときは、半信半疑だったけど。
それを、この間目の当たりにしたものだから、本当世の中どうなってるんだろう、なんて、まだ20そこそこの私が懸念するくらいだった。