「すげぇ雨だったもんな。お前着替えれば。俺の服貸してやるよ」
たまに店に泊まりこむこともあるマスターは何枚か着替えを用意している。
泊まりこむほど忙しいってわけじゃない。夫婦喧嘩の逃げ場所だ。
「あれー、タケじゃないか。何だ、細くなったな。一瞬分からなかったぞ」
常連客の作家である端金先生が興味津々で近寄ってくる。
「お前、九ヶ月も意識不明だって? ちょっと覚えていること教えてくれよ。黄泉の世界とか見てこなかったのか」
「何いってんですか。そんなのあるわけ無いでしょ」
軽く返事をしつつ、何かが引っかかる。
「端金センセ、話は後。タケが風邪ひいちまうよ」
マスターの助けで、俺は作家先生から解放され、トイレで着替えを済ませる。
濡らした床をモップで拭き、濡れた服をビニール袋に入れてもらった。
「ごめん、マスター。洗濯して返すから」
「気にすんなよ。それよりお前が来てくれて嬉しいよ。どうだ、体調は」
「んー、ぼちぼち」
「珈琲でいいか。それとも刺激物はまだダメか」
「や、もう大丈夫」
マスターは体を気遣ってか、薄目の珈琲にミルクをたっぷり入れてくれた。
「バイト、戻ってこれそうか?」
「んー」
俺が言葉を濁していると、そういえば、とマスターは声を潜めて話しだした。
「タケ、知ってたか?」
「何っすか?」
「妃香里ちゃん、だっけ? タケと一時期付き合ってた子」
「ああ、うん」



