天使のアリア––翼の記憶––

ぱたん、と本を閉じてこちらを見ていた先輩。その姿だけでも美しい。はぁ、もうその美しさに溜息が漏れてしまう。


「あたしと月子の間柄だ。そんなこと気にしなくたっていいのに。」

少し困ったような表情をされた。けれど私は先輩にそんな顔をしてほしくなくて「練習しましょう!」とハイテンションで提案した。

「そうだな、早速練習しよう。」

先輩は苦笑だったが、笑ってくれたのでいいことにする。

「はい!」

私はピアノに近寄り、ピアノを覆っていた黒と赤のカバーを取るなどの準備を始めた。

準備も終わり楽譜を譜面台に置きピアノ椅子に座ると、先輩は楽譜を片手にすっかり集中しておられた。真剣に楽譜を読んでおられた。


「先輩。」

声をかけると、先輩はハっと私の方を見て

「じゃあ、最初の曲から頼む。」

先輩は本気モードだ。集中力が違う。



私のピアノは先輩のために。



私は心の中で呟き、深呼吸をして精神を安定させる。これは、私だけのちょっとしたおまじないのようなもの。精神が落ち着く魔法の言葉だ。

そして精神が完全に安定したところで、全神経を指先に集中させる。



そして、音を紡ぎ始める。



すると先輩の歌声が聞こえ始めた。

さすがの綺麗な歌声で思わずうっとりしかけてしてしまうのだが、私はピアノの方にも集中しなければならない。伴奏が間違えるわけにはいかないのだ。そういった緊張感はある。

けれど、それ以上に私の伴奏に合わせて先輩が歌ってくれることが嬉しくて、一緒に一つの音楽を創り上げることが嬉しくて、楽しくて仕方がない。最近はそういった感情でコンサートや練習をしている。


先輩は歌い終わり、私の最後の一音も終わった。

踏んでいたペダルも離すと、微かに残っていた響きさえも消え失せ、音楽室からは音がなくなった。静寂が訪れた。ここに来た時よりももっと静かに感じる。