天使のアリア––翼の記憶––

ステージは本番のように明るかった。

照明がジリジリと私達を照らす。

ステージから見る客席は無人のはずなのに、そこには藍羅先輩が言っていた"特別なお客様"がいた。


「どうして…」

私は目を見開いた。


ウサギと乙葉、北斗先輩と七星先輩、デューク先輩までもがそこにいた。

みんなして、月子にドッキリをしかけました大成功!とでも言いたそうな顔をしている。


「あたしが呼んだんだ」


藍羅先輩が言った。


「あたし達が努力を積み重ねてきた演奏を、誰よりもいちばん最初に彼らに聞いて欲しいと思ったんだ」


「そうだったんですか…」

もしかしたら、藍羅先輩がゲネプロに本番の衣装を着て出ることにした本当の理由はこのためだったかもしれない。

ゲネプロで"お客様"に演奏を聞かせることにしていたなら、納得がいく。

藍羅先輩は今からゲネプロを行う、と少し大きな声で言った。

一歩前に踏み出て、客席の方に向かってお辞儀をすると、両手を広げて挨拶を始めた。

「みんな、今日は来てくれてありがとう。あたし達はここ数ヶ月、この日のために精一杯努力してきた。あたし達の演奏をどうか最後まで聞いてほしい」


そして藍羅先輩が私の方を向いた。


始めよう、と先輩は小さな声で言った。

私は頷いて、鍵盤に乗せた人差し指を下ろした。

幾つもの生まれてくる音は、生き生きと、そして、優雅に、可憐に、ホールを駆け巡る。

響き渡る音に反応するように、ピアノを弾く指がより一層滑らかに動く。

そして、ピアノの音に乗っかるように、先輩の歌が響きだした。


歌声とピアノの音は、重なり合って、交わり合って、混ざり合って、そして一つの音になって、互いを響かせあいながら、輝かせながら、ホール全体に広がるように響き渡る。


かぐや会館の音の響き方は他とは一線を画していた。

その響き方の違いを耳に焼き付けるように聞きながら、私も精一杯弾いた。

やがて1曲目が終わると、すぐに2曲目に突入し、そのままの調子で次々と曲をこなしていった。


ゲネプロの進行は先輩が決めることなので私は黙ってそれに従っていたが、私は心配で仕方なかった。


本番は、今日の夕方。

こんなに歌い続けて、喉は大丈夫だろうか。

こんなに歌い続けて、喉が疲労しないわけがない。

本番までに回復できるだろうか。


ゲネプロに、本番前の通し練習に一生懸命になるのはダメなことではない。それに、お客様の前で精一杯歌うのは当然のことだ。

けれど、藍羅先輩の力のかけ方は度を過ぎていた。

藍羅先輩は、後悔などしないように自分の持てる力の全てを出し切るように、一つひとつの曲に精一杯の愛情と感謝を注ぎ込むように歌っている、そんな風に見えた。


ねぇ、先輩。

何が先輩をそんなに駆り立てるんですか。

どうして先輩はそんなに歌うんですか。


歌うときの感情の入れ方も、歌に対する意識も、まるで今までと違う。

いつもとは違う先輩の迫力や威厳に、私は戸惑いを隠せなかった。