「月子、起きろ」

ぼんやりしてはっきりしない視界の中で、こげ茶色の髪が揺れているような気がする。

ガタンゴトンと心地よい揺れが、私を再び眠りへと誘おうとする。

「月子、月子」

ぐわんと体が揺れて一瞬現実に戻るも、また夢の中に入ってしまう。

「月子ってば」

「う~ん…?」

「唸ってないで起きろ。もう駅に着いたんだってば」

視界がはっきりしていくと、視界いっぱいに藍羅先輩の心配そうな顔が映る。


「どわあぁあぁぁああ!?」


驚きのあまりのけぞるようにして私は目を覚ました。

「お、おはようございます…」

恐る恐る藍羅先輩を見ると、呆れた目で私を見下ろしていた。口元はマスクで見えなかった。

マスクを着けるのは乾燥した空気から喉を保護するため。

藍羅先輩は、バスや電車での長い移動の時、必ずマスクを着けている。

「驚きすぎ」

「す、すみません…」

「寝すぎ」

「お、おはようございます…」

「さっさと降りよう」

「あ、ま、待ってください!」

スタスタと下車する先輩に追いつくために、私も駆け足で下車すると、私がホームに降り立ったと同時に電車の扉が閉まった。ぎ、ギリギリセーフ…。


「ほんと、月子ってドジだよな」

先輩は呆れ顔でため息を吐いた。

ちょっとムッとしたが、先輩は鈍感ですよねなんて言い返したあかつきには、きっと次の日になるまで無視されるであろうことは容易に想像できる。

それは嫌だから、「さ、さっさと行きましょう」と提案した。

ごろごろとキャリーバッグを引きずって、ホームをでて改札を出て、辺りを見渡す。

特急列車に揺られながら移動すること数時間。私達が乗り込んだ駅から6つ目の駅だ。

当たり前だけど、いつも見ている街並みとは違う。

一緒のように見えるけれど、似てるんだけど、でもやっぱり雰囲気が違う。

良いとか悪いとかではなくって、新鮮だって感じる。


この街に、憧れの舞台、ルナ・プリンシア・ホールがある。

大事な大事な、先輩との演奏会がある。


目を閉じて大きく深呼吸する。


大丈夫。

きっと、大丈夫。


いつもの駅より少し大きい雑踏の中、決意を新たに前をまっすぐ見つめる。

すると不意に藍羅先輩が私を呼んだ。