「なんで月子は、そうなの…」

「え…?」

今、乙葉が何を言ったのか分からなかった。

「なんで月子は、そう、馬鹿なの…っ? 馬鹿としか言いようがない……どうして、月子は…っ」

ぽろり、ぽろりと乙葉の目から流れた涙が頬を伝う。

「お、乙葉…? 何を言って…」

何を言っているの。

そう問わずにはいられないほど、何が何だか分からなくてオロオロしている私に構わず、乙葉は大きな声で言った。


「私、負けないから!」


乙葉は目に溜まるいくつもの涙を袖で拭い、まるで憎い敵を見るような鋭い目で私を睨みつけた。


それが苦しくて、悲しくて、息が詰まりそうになる。


「覚えていて、月子。月子のような人には、戦う資格すらないのよ!」


そう言い捨てて、乙葉はジュースを買うこともなくその場を後にした。


取り残された私は一人、呆然と立ち尽くしていた。


乙葉は私に、一体何を伝えようとしたのだろう。

私のような人って、どういう人?

戦うって、何と?

資格すらないって、どういう意味?

それに、どうして乙葉はあんなに私を睨みつけたの?

どうして?

私、乙葉に嫌われたの?


疑問と恐怖が心と頭を一杯にして、苦しみが溢れて視界を揺らす。

一人きりの静かな空間に雨音だけが響いて、雨の匂いが鼻をくすぐる。

ふと目線をそらせば、終わりかけの梅雨の灰色の空から大粒の雨が降り注いで、青く咲き誇る紫陽花の花を濡らしていた。


紫陽花の花に、葉に、雨粒がこぼれ落ちて跳ねる。


どうせならいっそのこと、この苦しみも悲しみもぜんぶ、この雨に流れてしまえばいいのに。

そう思って堪え切れず泣き出した空を眺めた。

空に敷き詰められたような雲は、重なり合ってひしめき合て、その輪郭は失ってしまったようで、まるでグレーのペンキで一面を塗ったようだ。

だから、この暗く湿っぽい厚みのある雲の向こうに、もう、鮮やかで爽やかな夏の青が広がっているなんて、私には到底信じられなかった。


だって、何も見えない。


水彩画に水滴を落としたように、視界に映るもの全て輪郭がぼやけて滲んで溶け合って、ただ見えるのは、色彩を欠いた灰色の世界。


それ以外、何も見えないの。