天使のアリア––翼の記憶––

「あの…ね。ちょっとだけ、その、話したいことがあるの。…だから…」

どうしよう。

決めたはずの覚悟が、今、揺らぎそうになっている。

何と伝えたらいいのか分からなくなって目が泳いでいる私は、やはり覚悟がたりなかったのだろうか。

私の心が弱いからなのだろうか。

否、どちらもだろう。


何も言えずに下を向いていると、分かった、とウサギが言った。


「…それ、今日の放課後でもいいか? 俺、今日部活ないんだ」

パッと顔を上げると、ウサギは少し哀れんだような微笑みを浮かべている。

「…うん」

ウサギは困っている私を見かねて助け船を出してくれた。何ていい人なんだ。

けれどその優しさが、温かさが、今は痛いほど辛く感じてしまう。

優しさが苦しいなんて、こんな感覚、初めてだ。


「今日の放課後、場所は…そうだな、自販機前で」

頷くと、じゃあそういうことでと言ってウサギは笑った。

けれど私はその微笑みに笑い返すこととができなかった。

ウサギらしくないと思った。

憂いた笑みなんて、ウサギの笑顔じゃない。

違和感が全身を駆け抜けた。







「気をつけ、礼」

学級委員の号令に合わせて、さようなら、と言い合う。

クラスの半数以上の生徒は、言うが早いか、帰りのホームルームが終わると同時に教室を飛び出していった。

どうやら急いで部活に向かったようだ。今はどの部活動も忙しい時期なのか、皆疲れた顔をしている。大変そうだ。

自分が帰宅部であることに少しだけ申し訳なさを感じつつクラスを見渡せば、殆どの生徒が教室を出たようで、教室には数名の生徒しか残っていなかった。

乙葉は美術部部長ということもあって早々に教室を出たが、ウサギの姿もなくなっている。

「…約束、か」

言葉にすれば余計に胸が苦しくなる。

目を閉じて深呼吸をした。


どうか、泣いたりしませんように。