スクールバッグを肩にかけて、家を出る。

右手には愛用の淡いオレンジ色の傘。いつ雨が降るとも知れない梅雨時には欠かせないアイテムだ。


薄暗い空の下、歩く私を車が追い越していく。見れば、いつもすれ違う白い車だった。白い煙と共に、車はあっという間に遠くへ行ってしまった。

だけど何だかいつもよりそのスピードが速いような気がして、どうしてだろう、と首を傾げるより先に気づいた。

私だ。

私が歩く速度が、いつもより遅いんだ。

そしてその原因が何であるかも、よく分かっていた。


「ウサギだ」


ウサギのせいだ。

胸の苦しみも、辛さも、気だるさも、全て。

原因を辿れば、ウサギに繋がっている。

寝ても覚めても、ウサギのことしか頭にないなんて。これじゃ、まるでウサギに恋してるみたいじゃないか。

そんなわけないのに。

ウサギは幼馴染なんだから、そんな感情、今更思ったりしないのに。

それなのにどうしてウサギは私の思考回路を占領しているの。

むかつく。

すごくむかつくと同時に、何とも言えない胸にのしかかる重石があった。

「はぁ…」

無意識のうちに吐き出していた溜息と共に思い出しそうになったウサギの言葉を掻き消すように、私は走り出した。





息を切らして教室に入る。

「おはよー」

席に着くと、乙葉がいつものふんわり笑顔で出迎えてくれた。

「お、はよ…」

息が切れて上手く挨拶できなかったが、その分笑顔を返した。

すると乙葉は眉を下げて呆れたような表情をした。

「今日も走ってきたのー?」

息が上がり声も出ないので頷くと、乙葉は続けて言った。

「でもー、今日は時間に結構余裕があったよねー? 走ってこなくてもー、余裕で間に合ったんじゃないー?」

確かに乙葉の言う通りだ。

朝礼が始まるまで、あと15分もある。

これだけ時間があるなら、走ってこなくても充分間に合っていた。

それに寝坊していないんだから、本来なら走らないんだけど。大体、走るのが好きなわけではないんだし。

「うん。でも、何か、走りたい気分だったの」

私は苦笑いした。


どうしても。

どうしても、私は走らなければならなかった。


全ては、ウサギの言葉を記憶の底に封印するために。

ウサギの言葉を思い出さないで、いつも通りの日常を送るために。


けれど、そんなことを乙葉に言えるはずもなく、私はただ苦笑いをしていた。

乙葉は、ふーん、と納得したのかそうでないのか、どっちともいえない反応をした。