天使のアリア––翼の記憶––

先輩から直接言われたことはないけれど、先輩の行動を見ていれば分かる。

行動と行動の合間に時折見せる、酷く哀しそうな顔。まるで親に置いてけぼりにされた幼い子供のような、そんな表情。

何だか自分を迎えに来てくれる誰かをずっと待っているようにも見える。


しかし、それはよく見ていればの話で、先輩のことをちょっとやそっと見ただけじゃ全く分からない。滅多にそんな表情をされることはないので、長い間一緒に過ごしていないと気が付かない。

いや、先輩のことを注意深く見ていなければ、一緒にいても気づかないと思う。先輩は基本的に表情をコロコロ変えたりしないから。それに先輩の表情の変化はとても微妙なものだから。


先輩がそのような表情をしていることに気づいているのは、私だけだと思う。先輩のクラスメイトの方ですら、気づいていないだろう。

クラスメイトどころか当の本人も自分が寂しがっているということに気が付いていない。先輩はああ見えて意外と鈍感だから。鈍感すぎて、自分の感情も把握しきれていないんだと思う。今自分が何を欲しているのか、誰が好きなのか、なんてことには特に疎い。


それに、先輩は強いのだ。一人で生きていけるほどに強く逞しい。

だけど、その強さのために誰にも頼ろうとしない。自分から人に頼ることができない。いや、頼る方法も知らなければ、頼る時も知らないのだ。先輩は、強すぎるから。


だから先輩の心が悲鳴を上げていても、誰もその声に気づくことはないのだ。


先輩も、周りの人も、誰も気づかない。見過ごしてしまうんだ、心の叫びを。

そしてその叫び声が誰にも気づかれなかった心はいつの日か壊れてしまう。



誰かが救いの手を差し伸べてあげなければ、先輩の心は確実に壊れてしまう。




今はまだ大丈夫だけれど、そのうち何か先輩の心を乱す大きな事件でも起こったなら、先輩は壊れる。何かが起こらなくても、このままの状況が続けば、先輩は壊れるということが目に見えている。



しかし先輩はこのことに気づいていない。気づかないままだろう。そのため余計に心配してしまう。