天使のアリア––翼の記憶––

「曲名ってあるんですか?」と聞いてみると、先輩は腕を組んで少し悩むような振りをして、こちらを見てふわっと微笑んだ。

「月子が決めて」

一瞬言葉が出なかった。

なんて、なんて恐ろしいことを言うのですか、貴女は。この私に、先輩が歌った歌に名付けろ、だなんて。

「正気ですか先輩」

「あぁ。月子、何でこの世の終わりみたいな顔をするんだ?」

「先輩が決めてくださいよ。私にそういうセンスがないこと、先輩がいちばん知っているでしょう? それに私なんかがあの素晴らしい曲に名前を付けたら霞んでしまいます。先輩が作ったんですし、先輩が名前をつけるべきです!」

すると先輩はあからさまに嫌そうな顔をした。眉間にシワをよせて、腕を組んでいる。

「嫌そうな顔をしないでください。先輩の曲でしょう?」

先輩が即興で作った曲。

驚くべきは、その記憶力。私が夢で聞いたメロディと一致していたことだ。

藍羅先輩に一度見せた、あの楽譜。あれは私が夢で聞いたメロディを書きとった物だった。

先輩はあれを1度しか歌っていない。それに歌ってから随分経つのに、まだ鮮明に覚えていたなんて。

驚きを隠せない私と対照的に先輩は「何がいいだろうか」とブツブツ呟いている。どうやら考えているらしい。

先輩は考え込んだまま歩き出したので、私はその後を追った。


先輩は頭を下げてしばらく考え込んでいたが、いきなりハッと顔を上げた。

「ど、どうしたんですか」と私が問うと、少しだけ憂いを含んだような笑顔をして言った。

「名前つけるの、やめた。この曲は、名無しだ。名前のない曲」

「えー」

「不服だったら月子が名前をつければいい。っていうか、名前をつけて。いつでもいいから。月子が名付けた名前なら私はそれでいいから」

先輩はニッと目を細めて笑う。その屈託のない笑顔がかっこよすぎた。

「……だからどうして、そう、かっこいいんですか」

「何が?」

キョトンとする先輩。

あぁもう、このお人は……

「無自覚ですかー!」

天然ですか、鈍感ですか、一体何ですか!?

そう思ったけれど、すぐに答えは見つかった。

それら全てだと。


「だから、何が!?」

藍羅先輩だけが、頭にはてなマークを飛ばしていた。