天使のアリア––翼の記憶––

ほとんど明かりのないステージ袖に戻ると、スタッフの皆さんが音を立てないように拍手してくださった。

ステージ袖はステージと繋がっている。つまり客席と隣り合わせ。だから大きな音を立てるのは厳禁なんだ。

「綺麗だったよ!」

「流石藍羅さん。上手いね!」

涙ながらに小声で話しかけてくださるスタッフさんもいて、その度に私達は感謝の意を込めてお辞儀をした。

そのままステージ袖を抜けて楽屋へと続く廊下に出る。クリーム色の暖かく明るい廊下に出ると、あぁ、本番が終わったのだと実感して緊張もとける。

今日の出演はあれだけなので、早速ドレスから普段着に着替えようと楽屋へ戻ることになった。

「先輩、歌声がもう凄く綺麗でした…!」

楽屋へ戻る途中、私がそう言うと、藍羅先輩は目を細めて「月子の伴奏のおかげだな」なんて嬉しいことを言ってくださった。

「本当に綺麗でした! 特にアンコール! あ、そうだ。アンコールで歌われたあの歌の名前って何て言うんですか?」

先輩はワンフレーズではなく長く歌われたからきっとご存知なのだろう。

しかし藍羅先輩は黙ったままだった。

「せん、ぱい…?」

見てみると、藍羅先輩は遠くを見つめている。焦点が合わない。

その瞳が、切なくて、哀しげで、儚げで、けれどそこに確かな強い決意を感じて、私は言葉が詰まった。

どうしてその瞳に強い決意なんて感じてしまうのだろう。

私はただ、曲名を聞いただけなのに。

私は何か間違ったことを聞いてしまったのだろうか。

疑問が頭の中を駆け巡る中、藍羅先輩を見つめていると、先輩はハッとこちらを見るとニッと目を細めて笑った。

「あぁ、あの曲、といってもいいか分からないが、アンコールで歌ったの、あれ、即興なんだ」

「…そ、即興!?」

あれを、その場で考えたと言うの!?
あ、あり得ない……。

「月子に前に教えてもらったあの曲のフレーズが何だか頭に残っていたんだ。前からホールで、ソロっていうか何ていうか、伴奏がない歌に挑戦してみたくてな。アンコールの打ち合わせもしてなかったから丁度いい機会かなと思って」

心配だったけど好評で良かった、と目を細めて笑う先輩。

「そ、即興ってどれだけ才能があるんですか。もう、何なんですか、先輩は! 完璧ですか!」

私がそう言うと更に笑った先輩。その微笑みが美しすぎて……って、笑っている場合じゃない。