天使のアリア––翼の記憶––

全ての曲を演奏し終わり、私は立ち上がってピアノの前に立つ。

その時観客席の方を見ると、多くのお客さんがハンカチで涙を拭っていた。

どうやら藍羅先輩の歌声に感動したらしい。

その気持ち、分かります。

私は心の中でコクコクと頷いていた。

「ありがとう」と藍羅先輩が満面の笑みでお礼を言い、私は頭を下げる。

割れんばかりの拍手が場内に響き渡り、スタンディングオベーションまでも起こっている。

さ、流石藍羅先輩。

圧倒されながら観客席を見渡していると、いつの間にかその拍手は手拍子へと変化していた。涙を流していたお客さんも皆、アンコールと叫んでいる。

やっぱり来たよ、アンコール。

あ、失敗した。先輩にアンコールの曲を何にするのか聞いていなかった!

アンコールを催促する大きな声が更に私の不安を掻き立てる。

藍羅先輩の方を見ると、藍羅先輩は私の方を見て何か言っている。

口だけを動かし声を出していないので何て言っているのかはよく分からないけど……え? 『伴奏は、するな』?

先輩の指は小さくバツ印を作っている。

伴奏はしないでいいのかな…?

きっとそういうことだろう。

けれど立ち尽くしているわけにもいかないのでピアノ椅子に座った。

そして小さく頷くと、藍羅先輩も頷いた。

先輩は客席の方を向き、目を閉じた。私は藍羅先輩の斜め後ろにいたんだけど、辛うじてその長いまつ毛の動きだけは分かった。

そして息を吸うと、決意を固めたように目を開いた。

それと同時に溢れ出すメロディはまるで線のように滑らかな曲線を描きながら場内を巡る。

あぁ、いつか聞いたことのあるメロディ。

クラシックのようで、ジャズのようで、

喜びで満ちているようで、

どこか楽しそうで、

哀愁と憂いを帯びていて、

懐かしくて、近代的で、

どこか底なしに明るいようで、

深い闇のような影があるようで、

聞いたことがありそうで、

聞いたことがないようで、

とても不思議なのに、


とても綺麗なんだ。