天使のアリア––翼の記憶––



「今日はここまでだな」

先輩の声で練習が終わり、窓の外の夕日は西の空の端にいて、もうじき闇が訪れようとしていた。

オレンジと紫を織り込んだような空と
真っ赤な太陽。

そのコントラストがあまりに綺麗で思わず目を奪われた。

「今日はなんだか一段と集中していたな。ミスが全くなかった」

あたしも負けないくらい集中しないとな、と笑う藍羅先輩に、私は、あはは、と苦笑いした。


実は、すごく集中していたのは、ウサギのことを考えないようにするためだった。

ピアノに集中していれば、ウサギのことを考えずに済むと思ったの。

結局、ピアノを弾いている途中にふっと思い出しかけてしまったけれど、その度に思い出さないようにピアノに集中していたところ、ミス一つすることなく練習を終えてしまった。

結果オーライ。作戦は大成功だった。

「この調子なら週末の本番も大丈夫だな」

先輩は腰に手を当てて微笑んだ。

「本番までにできる限りのことを精一杯します。本番は成功させますよ」

私も微笑んだ。

「私の友達も来るって言ってますし、それにデューク先輩も藍羅先輩を見にいらっしゃるんですもんね」

藍羅先輩の顔から微笑みが消え、カァアっと顔の温度は急上昇して赤くなった。

「でゅ、デュークが、あ、あたしを見に来るだとか、そ、そんなことはどうでもいいだろう! 月子もわざわざ言う必要はないから!」

「もしそうなら、何で顔が真っ赤なんですか?」

「そ、それは、れ、練習の後だからだろう!」

「でも、先輩、練習の時から今もずっとクーラー入れていますよね? 暑くないようにって」

「そ、それはだな!」

先輩となんだかんだ言い合いながら音楽室を後にした。


下校するころにはもう太陽は隠れてしまい、代わりに街灯が灯(とも)り街をオレンジに照らしていた。

空は、紫というよりはずっと蒼く、青色というよりはずっと暗く、紺色というよりは明るい色をしていた。

どっちつかずの空の色は確実に刻々と変化し続け、その色を黒に近づけていく。


空には満月とも三日月ともいえない中途半端に欠けた月が浮かんでいた。