「さ、どの曲がいいですかねー…」

余りにも膨大すぎる楽譜に呆然とする私を尻目に、先輩は発掘作業を進める。目は爛々と輝いている。

「…あ、これは?」

はい、と渡された曲を見ると溜息がでた。

呆れさえも通り越えてしまったこの感情を一体何と表現すればいいのだろう。

「カエルの歌…って、あの童謡のカエルの歌、ですか?…先輩…正気ですか?」

やっぱりまだ混乱状態なのだろうか。もう一回深呼吸してもらった方がいいかもしれない。

「いいだろ?優しい気持ちになれる」

先輩はにこっと笑った。

「…却下です」

「えー!?」

「えー!?ってそんなに驚くことだったんですか!?そっちに驚きますよ!?」

先輩がボケてきたと思ったのに、真面目に選曲してこれを選んだなんて…

「いい曲だと思ったのに…」

シュン、としてしまった先輩。やばいです先輩が可愛すぎる…!

「いやあの、いい曲です。確かにいい曲ですけど、今回は却下です!カエルの歌は病院でのコンサートでは歌わないでください!」

「えー!?」

「え、本当に歌う気なんですか?先輩、正気に戻ってください!コンサートで『グワッグワッ』なんて歌ったらダメです!まして先輩が歌うなんて駄目です!!」

幼い子向けの演奏会ならまだしも、今回の演奏会は入院患者向け。

大勢の大人の方々だっておられるのに、そこでカエルの歌を歌うなんて選曲ミスどころの話ではない。

それに先輩が『グワッグワッ』と歌っている姿なんて絶対に見たくない。

「そんなに反対するなんて…」

「寧ろしないと思ったんですか!? 」

こくんと頷いた先輩。

だ、駄目だ可愛すぎる。どうして先輩はこんなにも可愛いのだろうか。本当に私と先輩は同じ人間の女なのだろうか。

「兎に角却下ですから!」

「えー」

「歌いたいんですか!?カエルの歌を!?」

「あぁ」

「えー!?」

そんなやり取りをしつつ、5曲全て決めたのはすっかり日が落ちた頃だった。


「先輩、大丈夫ですか?」

夕闇に包まれる街に浮かぶ街灯の灯りが私達を照らす。

「大丈夫って何が?」

キョトンとする先輩を見てまた溜息が出た。

本当に大丈夫だろうか。

付き合いが長いし、鈍感であることは知っていたけれど、ここまで天然だとは思っていなかった。