天使のアリア––翼の記憶––

「それでは始める。精神統一から。」

「はい。」

私は座禅を組んでその場に座り、目を閉じた。


夢巫女の基本は精神統一。

夢巫女が未来を夢で見るとき、私情は一切持ち込んではならない。

そうでなければ正確な夢は見られないから。

夢を見ようと思ったときに、完全に私情を抑え込むことができるようになれば一人前の夢巫女と呼ばれる。冠名だってもらえる。

お母さん–––月読様はこれが大得意だったとか。

っと、今はお母さんのことを考えている場合ではない。

走って荒くなった呼吸を整え、頭の中を空っぽにすることだけに集中する。

「始め。」

暦様の言葉を合図に、特別スパルタ修行が始まった


のだが。


あぁ、五月蝿い。

何が煩いって、耳の周りをチラチラ飛んでいる虫だ。きっと蠅なのだろうけど、五月蝿いったらありゃしない。

けれど、こういうことにも耐えなければ、きっと一人前の巫女になんてなれやしない。我慢だ、私。我慢するんだ。

こういう風に決意したって、一度気になったものはそう簡単に無視することができないのが人間というもの。あぁ、もう。どうして私の耳の周りに蠅が飛んでるの…!


「月子!」

「ふぇいっ!?」

いきなり呼ばれたとはいえ、拍子抜けするような返事をしてしまった自分に呆れる。

「何をやっているんだい、ちゃんと集中しな!」

どうやら集中が切れていたことがバレていたらしい。

「だって、蠅が…」

耳の周りで飛んで五月蝿いんだもん、と反論してみると、

「そんなこと、一々気にしてるんじゃないよ。心を無にする、それが夢巫女の基本だと教えただろ。」

とはいえ、気になるものは気になる。それが人間というものだ。

「しょうがないねえ。蠅は取っておいてやるから、集中しな。」

暦様は呆れたように溜息を吐いた。

「始め。」

そして再び修行が始まった。