……海だ。
青い海。
その海が異常気象で赤くそまったように見えた年、我は初めて、多くの農民の前に立った。
神の使い。
救世主、天草四郎として。
農民たちの談合が行われていた湯島に、我は船で連れて行かれた。
白い着物にカルサン、黒地に金の刺繍がついた陣羽織、首のつけエリ。
そんな姿で、我は何も知らない農民の前に放り出された。
彼らは我の姿形に驚き、ひれ伏し、言われた通りに力を見せれば、泣いて喜んだ。
『あなた様はパアドレ(宣教師)様がおいて行かれた、我らの最後の希望。
一揆の細かな策略は私たち牢人が立てますゆえ、あなた様は皆の心の支えになってくだされ』
キリシタン大名に仕えていた元武士の牢人たちが、あの一揆の真の元締めだった。
神の使い、救世主と崇められても、所詮我は大人たちの操り人形に過ぎない。
誰も、我の心など、知ろうともしない……。
なんとも言えない虚しさの中で、戦う意味すら忘れかけていた。
ただ、何も知らずに我にすがる人々が哀れだった。
彼らが必要としてくれるならと、虚しさから目を背け、我は一揆の総大将として、彼らの最後尾に立ち続けた。