月夜のメティエ

 音楽室から出て、人気の無い廊下を進む。薄暗いオレンジをした窓の外。部活動の後片付けをしている生徒が見える。

「じゃーね。相田さん」

 そう言われ、鍵を職員室に返してから帰ると言う奏真に手を振った。真っ直ぐ見る目と、強く優しい旋律。一瞬にして、あたしの心に痕を残した。

 これが、あたし達の出逢い。点と点は繋がって、未来へと続いていく。

 思えば、純粋で微笑ましい待ち合わせだ。放課後の小さな演奏会。ピアノを弾く奏真。それをちょっと離れたところで聞くあたし。窓の外を見ながら、カーペットに寝ころびながら。毎日違う音色で、知ってる曲、知らない曲。弾いてる奏真の横顔を見ながら。

 1曲終わって、息をつく奏真。あたしも少し息を吐いた。「どうだった?」という感じであたしを見る。この演奏会も、今日で何度目だろうか。(演奏会と勝手にあたしが思ってるだけだけど。)本日の演目を聞いた時に「ショパンの明るいヤツ」と言っていたから、そういうのらしい。確かに、軽快で明るい曲だったけれど……。

「なんだか、ちょっと重く感じる。苦しいとか悲しいとか、そういうのが時々、音の間にあるようで……」

 いつもの奏真の演奏と違うなと、あたしは感じただけ。ほんの少しの変化だったけど。譜面を整えながら、奏真が小さく息を吐く。

「……相田って、耳良いんだな。すげーよ」

「そうかなー」

 どういう意味だろう。

「なんかあったのかーって。深くは聞かないけど」

 気になったから、そこまでは言ってみる。例えば何かあったのなら、突っ込んで聞いてみたいけど……。

「寝不足。昨日、夜更かしした」

「……なーんだ」

 寝不足か。眠かった演奏なのね。
 こういう変化は多分、奏真のピアノしか感じ取れない。耳が良いわけじゃなくて、それはさ。

「相田、こういうの分かるんだな」

 奏真だから、だと思うんだよね。

「好きなもの聞いてるからだと思うよ……」

「そっか」

 ……そうだよ。ってそれだけ? 寝不足なら早く帰って寝なよ。あたしは心で少しだけ拗ねた。