「なんか、懐かしいな」
奏真はピアノから離れて、窓の方へ行く。ブラインドを上げた。今日は月夜。まん丸ではない月が浮かんでいるのが見える。ここは2階だけど、教室の窓の前に高いビルが無いから、外が見える。
「イチオン、こんな綺麗じゃないよ」
「ボロボロだったけどな」
中学生のあの頃は、あたしがピアノに座ったりしなかった。奏真を見ながら、ピアノを聞きながら、いま奏真がしているように窓から外を見ていたんだ。
「ピアノはちゃんと調律されてたけどな。古かったけど」
「そうだね」
確かに、イチオンのピアノはところどころ黒い塗装が剥げて年期が入っていたな。味があって良かったけど。オンボロのイチオンにはぴったりだ。古い教室と古いピアノに奏真がとても良く似合っていたの。
「ICHIROのはスタンウェイなんだよ」
「え! そうだったの?!」
スタンウェイ。あたしでもそのピアノがどういうものか知ってる。「1台で家が建つ」と言われている価格のピアノだ。世界的にも有名で、老舗のピアノ。高級ピアノでブランド。音も素晴らしいと聞く。
「音が違うよ、スタンウェイは。大人になってから弾いたけど興奮したなぁ」
「音が違うのすらあたし分からなかったけど」
あたしの言葉を聞いて、奏真が笑った。
そうだったのか……。やっぱりあたしはピアノ弾きには向いていないらしい。実際触ったことが無いし、あんまり詳しいことは分からないけれど……今度もしお店に行ったら、触らせて貰いたい。



