月夜のメティエ

「あ、こんばんわ」

 ほらやっぱり。階段をのぼりきると、エレベーター横に出た。このビルの階段は狭いけど、通路は綺麗で広かった。

「階段で来たし」

 運動のためですよ、とか言ってみたりして。今日の奏真は、なんだか年齢よりも若く見える。それはきっと真っ赤なカーディガンのせいだと思う。誰のセンスなのそれ。


「こっち。もうみんな帰ったから」

 通路の先を指さされて、見ると白い枠の自動ドア。受付カウンターがあって、長椅子があってという良く見る感じだ。こういう教室なんだなぁ。
 自動ドアを入り、カウンターの前を通って、奥の方へ。ドアがいくつかあって、その1つに奏真が手をかけた。

「なんか飲みもの持ってくる。入って座ってて。温かいのが良いだろ?」

「あ……ありがと」

 バッグの中にペットボトルが入ってる。でも冷めているはず。食べ物のほうが良かったかな。出すか出さないかの感じでもそもそしてしまった。

 どれぐらいの広さなんだろうか。黒くてピカピカしたグランドピアノが1台。ここがピアノの教室なんだな。床はカーペットで、入口でスリッパに履き替える。壁側にもアップライトのピアノが1台。キーボードもある。ここの広さは分からないけれど、けっこう広いよなぁ……。子供の教室だって侮れないわ。

「お待たせ。ココアあった」

「あ、ごめん。持つよ」

 小さなトレーに紙コップを2つ乗せて戻ってきた奏真。危なっかしいから良いです火傷するんで。紙コップ熱いし。

「けっこう広いんだねーここ。もう1台グランドが入りそう」

「そうだなー1番広い教室使ってるかもしれない。他はこれの半分くらいだから」

 小さいテーブルと、向かい合って座るような椅子もある。これレッスンに必要なんだろうか。あたし達はいま、そこに座って温かいココアを飲んでるわけだけれども。
 窓はブラインドが下がってる。

「さっき、金髪の男の子とすれ違ったけど、ここの生徒さんかな」

「ああ、ギターだね。俺はギター弾けないけど」

 やっぱりここの生徒だったんだ。

「こども音楽教室も、大人向けの教室もあるから。なんかポスターが分かりにくいんだよな。子供だけの教室かと思っちゃう」

「ああ、そうかも」

 飲んでるココアは半分ぐらいの量になった。温かくて甘くて美味しい。その香りも、冷えた体に染みこんだ。