「俺は覚えてるよ。飲み過ぎて忘れてんの相田だろ?」

「失礼ね~。あたしそんなに酔ってません」

 まぁたしかにけっこう飲んだけど。奏真だって飲んでたじゃないか。
 帰り際、言った奏真の言葉が思い出された。「相田が来たのが見えたから、ドビュッシーを弾いた」と。それ、覚えてる……?

「月曜日から木曜日なんだよ俺の講師日。小学生担当なんだけど、夜のレッスン8時まで。それ以降だと教室勝手に使えるし」

 小学生の習いごと、結構遅くまでやってるんだなぁ。

「勝手に使って良い教室なの?」

「良いの良いの。鍵持ってるの俺だし、戸締まりして帰れば良いだけの話だから」

 なんか、楽しそうに言うわね……。正直、同窓会で再会してから、こんな風に「仲の良い同級生」としてどこまで行くんだろうと思ってる。バーにピアノを聞きに行き、その帰りに飲みに行って、次はピアノレッスン。友達として、だけど。あくまでも……。

「うちの音楽教室、ピアノだけじゃないんだけど、ギターとかベース教室とかもあって、講師はレッスン終わってから自主練習で使ってたりしてるんだよ」

「へぇ」

 講師でバンドやってる人も居るからねーと奏真は言う。なるほど。音楽教室のピアノ担当なのか。凄いなぁ。自分で演奏して生活し、子供のレッスンも見てあげるなんて。

「凄いね、先生やってるんだもんね。なんか尊敬しちゃうわ」

「おお、してくれ」

 今、昼休みだと伝えると、長電話になるからと、場所と時間を教えてくれた。奏真が講師で行ってるこども音楽教室は、電車で行ける場所だった。車でしか行けないところだときついけど。まずまず行ける。あんまり遠いと困るから。

「じゃあ、来週の月曜日」

「わかった。行く時に連絡するね」

「帰り、送るから」

 そう言われて、少しドキッとしてしまう。バカか、あたしは。

 電話を切り、エレベーター前から休憩室へと急いだ。カズヨ先輩が持って来てくれたパンが待っている。

 ウキウキする足取り。それはパンになのか、奏真のレッスンになのか。あたしって単純だ。

 友達として……? それで、どこまで行ける? 自分を嘲笑うかのように、口の端を上げてひとりで笑った。