月夜のメティエ


 今週も寒い。街ゆく人達もマスク姿が多くなり、風邪が流行っているんだなと感じる。


「相田さん、今日ちょっと手伝って貰える?」

 時計は18時ちょっと前。いま声をかけられるということは多分1時間は帰れないということだな。カズヨ先輩のお願いは断れない。
 風邪で休んだ日から数日。鼻声も抜けたみたいで、元気だ。今日も美人ですね。

「はい」
「ごめんね帰るところ。なんか用事あるんでしょー」 

 肘でツンツンされた。なんでそんな。

「今日、化粧濃くない?」
「え! そうですか?!」

 同じくらいの身長のカズヨ先輩があたしの顔をじっと見る。わー先輩まつ毛長い。(あ、エクステしてるんだっけ)

「……男だろ」

 企み笑いのカズヨ先輩。ああ……男ですけど。まぁ、はい。

「いやいや、違いますよ。そういうのじゃないんですよね。この間、同窓会があって」

 そういうのってどういうの?

「ああ、昔好きだった人と再会だ!」

 鋭いな。カズヨ先輩、目がキラキラしてますけど。
 立ち話で無駄な時間は過ごせない。あたし達は移動しながら話をした。倉庫から空いてる会議室に移動しての仕事になる。書庫室は部署がある階の、廊下を行った奥だ。そんなに広くないけれど。

「少女漫画みたいな展開を想像しないでくださいね」

 書庫室の扉が重い音を立てて締まる。昨年、大幅な整理をしてラックもすっきり片付いている。暖房が消えていたので、ひんやりとした室内だった。昼間でも薄暗いから、この時間は真っ暗だ。明かり取りと空気を入れる為の窓は、もはやその役目を果たしていない。

「テンション低いなぁ……あ、これそっちから取ってくれる?」

 カズヨ先輩からファイルを受け取ると、別なラックからグリーンのファイルを取る。結構分厚い。「22年度見積書」と書かれたファイル。ああ、これ数字拾いしたっけなぁ。

「テンション低いもなにも、別にどうなったわけでもないんです」

「相田さん、彼氏居ないってさあ、いまいくつ?」

 寒い書庫室で、2人作業。
 時間が気になるけど、早く行っても仕方ない。今夜、奏真が誘ってくれた店には、閉店まで居るらしいけど、とはいえあまり遅くに行くのもなんだか気が引ける。ちょうど良い頃に行って、さっと帰ってきたい。

「26です……」
「余裕だろ!」

 ビシッと言われてびっくりした。

「まだまだ恋愛してて良いと思うし! やっちゃいなよ」

 なにをやるんですか。カズヨ先輩はファイルをバンバンと叩いた。埃が舞うので止めてください……。