月夜のメティエ

 メイク直しを少しして、手を洗ってトイレから出る。何事も無かったように席に戻ろう。あと残りの時間を乗り切ろう。途中で帰っちゃえば良いんだけど、そうもいかない。それこそ大人気ない。奏真も忘れてるんだし、誰も分からないんだから。さ、気を取り直して、行こう。

 ロビーを抜けて、宴会場に戻らないと。大型のホテルや旅館みたいに、だだっ広いとは言わないまでも、割と広いロビーで、柱に添って丸くソファが置かれたり、小さいけれどお土産コーナーがあったりする。飲み物やアイスの自動販売機、フロント……。

「……!」

 ソファがある柱を通り過ぎようとした時、男性が座っているのが見え、それが奏真だと気付いた。

「……奏真、くん」
「ちょっと」

 彼はあたしを認めると立ち上がった。中学の時はあたしと変わらない身長だったのに、今は……9センチヒールのブーツを履いてるのに、頭ひとつ大きい。あたしだって165cmあるんだから。

「顔に出しすぎだろ。凄い顔して出て行っちゃって」

「……なに」

 なにを言ってるのだろうか。からかってるの?

「なんか、面影というか、あんまり変わってないねぇ。顔に出しちゃうところとかも」

 一歩前に出て、あたしを正面から見る奏真。宴会場は、もっとあっちだよ。何やってんの、戻らないと前田もうるさいし……。

「ああいう場では「知らない」って答えておいてよ。色々と面倒だし。ね、相田 朱理ちゃん」

「……ちょ……、え?」

 何を言われているのか理解できなかった。これはお酒のせいだろうか。にっこり笑った奏真が、中学生の時のそれと重なった。