月夜のメティエ

「アンパン、入ってますよ」

「良いね~俺はじゃ昼飯アンパンと牛乳にしようっと」

 遠坂部長は「ありがとね」とパンの入った紙袋を袖机の上に乗せた。牛乳は自分で買ってくださいね。ビルの自販機にあるから。

 ゴマをすってるわけじゃない。こいつムカつくなって、そう思うこともあるけど、なんていうか、自分が変わらないと、相手も変わらないと思うんだ。

「いつもご迷惑かけてばかりなので……気持ちです」

「世話ぁ? そうだな、間違えてばっかりだしな」

 だから、一言も二言も多いっつーの。この人はもう。

「カズヨちゃんにも相田さんにも、がんばって貰わないとな。決算だし、新人も居るし」

 俺っすか、みたいな顔でこっちを向く米田くん。仕事をがんばることと、あと彼女のことちゃんと考えてくださいよ。

「働いてお金稼ぐって大変だから。生きて行かなくちゃいけないし」

「そうだ。家庭を持ったりなぁ、色々あるんだよ」

 ムカつく上司でも、その後ろには守るべき家庭がある。奥さんもお子さんも居る。遠坂部長の家は犬も居た。

「今は、幸せだと思うんです。こういうことに気付くのって、時間かかりますね」

 言っててちょっと恥ずかしいけど、本当の気持ちだった。適当に働いて、適当に暮らせれば良いや、そう思っていたのは事実。でも、何事も一生懸命やらなくちゃ、逃げてちゃだめだって、気付いた。

「……そうか。そうだな」

 遠坂部長は、あたしの話を聞いて、煙草をくわえる。ここ禁煙ですからね。喫煙所に行って吸ってくださいね。

「はい」

 心を新たに、がんばろうと思った。たぶんそのうち、何年先か分からないけど、そう遠くない未来。転機があるかもしれないから。