月夜のメティエ


 ***


「奏真、今晩夕飯作るけど、何食べたい?」

 会社のエレベーター前。
 奏真はまだ家に居た。夕方に出勤だものね。
 LINEというものがあってだな。相変わらずあたしはやらない。だから電話をかけてる。やってくれって言われてるけど、頑なにやらない。やらないけど……もう始めないとダメな気がしてる。「俺、1年待ってるんだけど」って言われた。

「あったかいの食べたい……俺ちょっと二日酔いだったんだよ」

「ICHIROで?」

 昨夜は遅かったもんな。先に寝てたけど。今朝、あたしが出勤する時は寝ていたし。

「そう。ママが誕生日近いから、誕生日キャンペーンだとか言って。なんのキャンペーンだか」

「誕生日なんだ、じゃああたし行かなくちゃ」

「朱理、飲まされるぞ」

 どんな店なんだ……。演奏終わってから飲んで帰るというのは「ICHIRO」だけらしい。あとは本当に演奏だけしに行ってる感じらしいし。
 奏真の仕事場、あたしは「ICHIRO」しか行ってないから。

「今週の日曜は俺、何も無いから、土曜の夜にでも行くか」

「うん、そうだね」

 ピアノバーやカフェへの演奏。そして、こども音楽教室。奏真は毎日忙しい。なんだかちょっとしたファンも居るらしくて、時々花束を貰って来たりしている。お休みは不規則。夕方出かけていくことが多い。あたしは、月曜から金曜の、昼間の仕事。

 すれ違いが怖くて、あたしはなるべく奏真が帰ってくるまで起きてる。朝は、奏真が起きてたりするけど。だって、やっぱり一緒に居たいからね。