月夜のメティエ


 まだドキドキしてる。緊張から解き放たれたけれど、甘い幸せに浸っているわけじゃなく、なんか、もっとちゃんとしなくちゃと思う。逃げてるだけじゃなくて、ちゃんと、自分で決着を付けて始まらないといけない。

 店内に、人のわざめき。さっきまで話していたテーブルにあたし1人。後ろの方で壱路ママのウフフという笑い声が聞こえた。

 ビールの泡は、消えてしまっている。


 店のドアから誰かが入ってくる音がする。振り向くと、奏真。戻って来た。「美帆、帰ったよ」と言いながら。ちゃんと戻ってきたことに、少し安心してる。おかしなことだけど。

「駅まで送るって言ったんだけど、聞かなくてさぁ。大丈夫大丈夫って……」

 ドサッとソファに腰を下ろす。外は寒かっただろうに、コートも着ないで。

「演奏あるから、終わったら俺もビール飲もうっと」

 そっか、今夜はやっぱり演奏あったんだ。目の前にビール置いたりして悪かったな。飲みたいよね……。
 相田は飲んで良いよと笑って言う。含み笑いしてる。なんなの、バカ。

「あいつ、初めから俺との結婚は断ろうと思ってたみたいだ」

「そう……だったんだね」

「なんか、なんていうの? 雰囲気? 分からないかもしれないけど」

 分からないわ、そんなの。

 その時の美帆ちゃんを見ていれば分かったかもしれないけどね。顔色で。でも、彼女の様子を察知してたというその細やかさ、素敵だなと思う。

 また奏真はソファに体をずっしり沈めた。「なんか……」とため息混じりで。「ICHIRO」のソファは1人がけでふかふかだ。

「……俺達だけで、なんか空回りしていたみたいだな」

 ハハッと乾いた笑いを見せる。あたしもそうだったかも。