月夜のメティエ

「よし。任務完了。お母さんにはあたしから言っとく。心配いらないわ」

 そう言うと、美帆ちゃんは席を立った。ゆっくりと。


「帰るのか」

「うん。ここ禁煙じゃないみたいだし、そろそろ」

 ここまで来るのも大変だったんじゃないだろうか。妊娠したこと無いから分からないけど。心配だ。かと言って何もできないんだけど。

「送るよ。妊婦1人で帰すわけにいかないだろ」

「順調だから、つわりも無いし。丈夫なんだよねーけっこう動けるんだ。」

 立ち上がった奏真を制して、美帆ちゃんがコートを掴む。

「相田、待ってて。せめてタクシーまで送ってくる」

「うん……」

 妊娠してる美帆ちゃんを帰して、あたしだけここで待つ。ああ、なんかもう。
 でも、大事なことを伝えるために、ここまで来てくれた。やっぱり美帆ちゃんは、素敵な人だ。

「美帆ちゃん」
「ん?」

 コートを着ながら、彼女があたしを振り向く。

「ありがとう。体大事に」

 愛想笑いじゃなく、心からの笑顔で。

「産まれたら、見に来てね」

「も、もちろん!」

 にっこりと美帆ちゃんが笑う。本当は大変だろう。その中で子供を産もうとしている。強い人だな。

「2人の子供も楽しみだわぁ」

 何を……。あたしは変な顔をしてしまった。

 奏真はママに声をかけて、店の出口まで行った。あたしはここで待とう。外には行かない。
 奏真が戻ってきたら、ビールを飲んで良いか聞こう。あ、演奏……今晩は無いのかな、聞きたいな、奏真のピアノ。