月夜のメティエ

「俺、相田と一緒に居たい」

 あたしから手を離しながら、奏真がそう言った。

「……」

「10年以上離れてた分、相田と思い出いっぱい欲しい」

「奏真……」

「一緒に居たい」

 優しい手。あたしの頬を撫でて、ふわりと頭を包む。
 すっと奏真は立ち上がり、窓の方へ行った。

「月夜だったんだな、今夜。満月かな、これ」

「どうかな」

 窓の隣にあるアップライトピアノに手を着く。テーブルにあるマグカップに目をやった。コーヒーはもう飲まないだろうか。何か煎れようか……って、あたしの部屋じゃないけど。飲みもの買ってこようかな。お腹は空いていないけど。というか、食べたくない。

「このピアノ、ヘッドフォン接続で聞けるんだ。完全防音の部屋に住めるほど高給取りでもないしね」

「へぇ。たしかに、隣近所の迷惑になるしね」

「まぁでもここ角部屋で、隣は人が入ってないけど」

 ああ、そうだった。ここ一番奥だ。

「じゃあ少々弾いても大丈夫だね」

「そ。なんか弾こうか」

 ギッと椅子を引いて腰掛けた。夜だけど良いのかなぁ。

「迷惑にならないかな?」

「1曲くらいなら問題無い」

 あたしは、床に敷かれたラグの上に居たけど、ソファに座り直した。加湿器が柔らかく光って、水蒸気を出している。おしゃれな丸いやつだ。うちにあるのはインテリア性の低い、あんまり可愛くないやつだけど。

「じゃあ、曲名当ててみて」

「あたし分からないよ、たぶん」

「聞く前からそんなこと言って……」

 ピアノを開け、ポーンとひとつ。だって、あたしそんなに詳しくないもの。

「分からなかったら、相田からキスすること」

 なにを言ってるんだろうかこの人は……。照れもしないでそんなこと言うなんて。

「……分かったら?」

「分かったら、俺がする」