月夜のメティエ

「今は動けるのに、いろんな方法があるのに。家も分からないし、聞いとけば良かったって。職場も聞いてないし。どうしてやろうかと思ってた」

 あたしもだ。14歳のあたしは泣くしか無かった。今は……手が届くのだろうか。でも。

「……今日、学校に奏真くんが居ると思わなかった。びっくりした」

 もっともっと、言わないと、伝えないといけないことがあるのに。言葉にならない。もうこの先が無いかもしれないあたしと奏真なのに。

「あたし、嬉しかった」

 本当に、同窓会で再会した時も、今日も。嬉しかったんだ。

「俺だって、やっと会えたんだ。逃がしたくねぇよ……」

 腕を掴まれる。そして引き寄せられて、大きな胸に納まる。こんなことをして何になるのか。分からない。こうして好きだと想うしかない。強く想って、そして通じるなら。


 絶対の青空は、あたし達に必要無い。自分がちっぽけに感じるもの。隠してくれる月夜で良い。手探りの愛情は、それだけが確かなものだった。


 ねぇ、恋を無くしたって、死にはしないよ。ご飯食べて仕事して、生きていくんだよ。呼吸が止まるまで。


「……あたし、明日で休み終わりだけど、電車あるうちに帰るよ」

 柔軟剤の薄い匂い。奏真が着ているフリースの匂い。

「送るよ」

「いい。大丈夫」

 玄関に荷物を置きっぱなしだったことに今、気が付いた。ここに来て話をしてから、どれくらい経ったんだろう。電車があるうちとは言ったけど、時間が分からない。駅の方向も分からない。

「ここから駅は近くないし、電車も終わったよ」

「そうなの?」

 奏真が住むマンションは、知っている地域にあっても、何か用事が無いと来ないような場所だった。駅……そうだな、そばに無いかも。時間を見ていない。でも、そんなに遅い時間でもなかったと思うんだけど。

「電車、今日休みだって」

 電車が休みって……そんなわけないでしょ。子供みたいなことを言ってる。