少し勾配のキツイ坂を
風間万由利(かざま まゆり)は
慣れた様子で登っていった。

「なぁ、あんなので
足でも挫いたりしないのか?」

僕は万由利が履く赤いハイヒールに
目をやりながら、隣に並んで歩く
神山陽平に聞いてみた。

「大丈夫なんちゃう?
神戸女子は坂道に強いらしいで。
万由利がこの前、言うてたわ。」

と、
神山陽平は背を曲げて
パーカーの両ポケットに
手を突っ込んだまま歩きながら
投げやりにそう言った。

神山は、いや、
神山陽平と風間万由利と僕は
大阪にある美術系大学の建築科に通っている。

関西が地元である彼らに
雪国出身である僕は
時々、こうして
様々な建築物を案内してもらっていた。

今日は前から是非とも来てみたかった
神戸にある北野異人館に来ていた。

建築家を志すものとして
やはりあの趣ある西洋建築を
ちゃんと見ておきたかった。
いくつかある中、なんと言っても
僕の目当ては風見鶏の館だ。

あのトンガリ屋根にちょこんと
風見鶏が乗っかっている有名な建物だ。

北野のいや、神戸市のシンボルと言っても
いいくらいだ。

先に目的地である
風見鶏の館前に着いていた風間万由利が
やっと追い付いた僕らに
聞いてきた。

「どうする?内装も見たい?
でも、あんたらのペースで回ってたら
全部見るのは無理じゃない?
日が暮れてしまうわ。」

いかに僕たちの歩くのが遅いかを
強調するかのように言いながら
風見鶏の館前にある広場のベンチに
腰を下ろし、その適度に引き締まった足を
スッと組む万由利。

万由利は決して大柄ではなく華奢な
タイプではあるけれど
その美貌と勝ち気な性格が
万由利をどうしても目立つ存在へと
仕立て上げていた。

「今回は外からだけでいいよ。
外観見るだけでも結構時間が
掛かりそうだし。」

僕がそう言うと風間万由利は
「そっ、じゃあごゆっくり」
とだけ言い、そしてスマホを取りだし
目線をそこに落とした。


何も言わず、そっとその隣に
神山陽平も腰を下ろしたので
僕は早速、リュックからデジカメを
取り出すとその美しい外観を
ファインダーに納めた。