「こんばんは」
爽やかな笑顔と共に、嶋田光樹くん35才が現れたのは、定時少し前の五時半だった。
「すみません。
遅くなりました」
冷たい冬の風を纏って勝手口からやって来た、やはりそう特徴のない人当たりのよさそうな男性。
背が高いのに姿勢がいいからか、身のこなしが美しく見える。
眩しいほどの営業スマイル。
写真ではわからなかったけれど、小さなえくぼができるのね。
予想通り、「KIROO」のロゴが入った薄いグレーの作業着が、恐ろしく似合っていた。
「ああ! 嶋田くん!
待ってたのよお」
何故か猫なで声のユリエさん。
もはやあなたがお見合いするんですか、的な。
「こんばんは」
「あ、こんばんは」
私を見つけ、小さく、けれど丁寧にお辞儀をする嶋田くん。
つられて私も、妙に畏まってしまう。
嶋田光樹くん35才。
写真で見るより、ずっといいじゃん、と思う。
背の高さは写真では分かりにくいし、それにこの、素朴な空気感も。
わざと自分の気配を消しているのではないかと疑うほどに。
ふんわりと、どこにでも馴染んでしまいそうな。
ああ、そりゃあ印象に残らないはずだわ。
「パウンドケーキ、焼いたのよう。
ゆっくりしていってくれる?」
「すみません、奥さん、気を使って頂いて。
あの……とりあえず、コピー機、見せて頂いていいでしょうか?」
ユリエさんの濃い化粧に圧倒されてるんじゃないかな、嶋田くん。
冷や汗出てるような気がするけど。
ペコペコしながら嶋田くんが奥へ入って行く。
コピー機は、給湯室の側にあるのだ。
すれ違う時にちょっと、私の顔を見て微笑んでくれたように見えた。
気のせいかな。
嶋田くんは私のこと、どこまで聞かされているのだろう。
お見合いの返事を待たされていることは、気にしていないのだろうか。