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 夕暮れが近い。

 建物や人やらの影が、夕日の緋色に映えた地面に浮き出ている。

だが高所からその影を見れば、まるで燃え盛る業火の中で人が悶えているようである。

 悠然と下駄を鳴らし歩く町娘。

お大尽をせっせと運ぶ篭屋。

道端に寝転がる怠惰かつ呑気な、尾が二つある猫。

人から獣、魑魅魍魎に至るまで、江戸の民は賑やかだ。

「白玉あ。ごぜん白玉あー」

 白玉売りの威勢の良い声が江戸の町にとろける。


未だに夏の暑さが残る季節だが、もう長月、本格的な秋を迎え清涼な風が吹くようになれば、ひんやりとした白玉は売れなくなるだろう。


暑さのない時期は、白玉売りには気の毒な時期である。

 そんな白玉売りの横を、浪人と思しき者が通過していく。 


浪人はまだうら若き少年だった。

十六、十七ばかりの、長身で丈夫そうな体格の少年である。

洗いざらした藍の着物の袖から窺える腕は逞しい。

紺の袴から伸びる足も大の男並みである。

少年の眉は濃く、あまり目は大きくないがそれは生気にあふれていた。


髪を落とさず首の後ろで一つにまとめている、という妙な点を除けば、この少年浪人の外見は江戸っ子らしい立派な快男児であった。


そしてその腰には、安っぽいが手入れの行き届いた一本の刀がぶら下がっている。


少年……佐藤(さとう)菊之助(きくのすけ)は、犬を斬ったせいで血脂が付着した刀の鍔に触れる。

ぬるぬるとしたうえに赤黒い野良犬の血は、半刻ほど前まで命があったその犬の咆哮を想起させた。


(可哀想なことをしちまったなあ)

 菊之助は切なく思った。

 半刻前の事である。