「翠、早く戻って来いって」
不意に自分の名前を呼ばれて名前を忘れた彼のほうを振り返る。
「いろいろ悪かったよ。謝るからほんとに心から」
私の動かないだっらーんとした手を握りしめながら涙声で謝った。
「やだ、泣いてる。しかもよく分からないこと言いながら泣いてる」
きゅんとなる(はず)の心臓は、動いていない。けど、きゅんとなった気になる。
「麗ちゃんとの件だって、謝る」
「麗ちゃんの件? って誰のことそれ」
アンジュラと顔を見合わせて『なんの話?』と眉間に皺を寄せる。
「お前との映画の約束をすっぽかして麗ちゃんと遊びに行ったこと、謝るから!」
「うっそ何それ、私そんなことされてたの?」
「でもその後俺ふられたし、何も無かったからチャラでいいよな。な、な、な。何にもなかったよほんと」
「信じられない! なんだそれ! それでも私の彼氏だったわけ? 本当に?」
右の拳を握りしめた。
「英二との食事って言ってたあれ、実は七美ちゃんと食事に行ってたんだけど、それも謝るし」
「……ぶん殴りたい。この人のこと私よく覚えてないけど、なんかぶん殴ってやらないと気がすまない」
左の拳を握りしめた。
「あと、」
あと、何? まだほかにあるのか。最大級のことがあるわけか?
ごくりと喉を鳴らす私の後ろで、笑いをこらえている死神。
見なくても分かる。そんなもんこんだけ一緒にいたらだいたいのことは分かる。ので、
「アンジュラ今笑ってるでしょ」
むかつきすぎるから前を向いたまま言う。
「まさか!」
声が震えてるし、肩が大きく揺らいでるのが分かるんですけど?
「大笑いしたいのをこらえているんです」

