「そ、そーだよな」
「そんな気になるならレンさんに聞けば良かったのに」
「いや、レンさんと普段からあんま話しねーし」
「…そうなんだ」
「それに」
「『それに』?」


ケンが視線を足元に落とし、何か思い出しながら小声で楓の言ったことにぽつりと答える。


「なんか、女の名前も出てた気ィするから…」
「…女?」
「いや。聞き間違いかも…でもそうだったらなんか野暮な感じして」

(もしかしてーー)


うるさく騒ぐ心臓を必死で抑え、楓が上ずりそうな声で聞く。


「……なんて?」
「確かーー『カエ』とかって」


危なかった!
そう楓は思う。
それは紛れもなく自分のことだ。

本名を知る筈のないケンだが、どこからどう知れるかわからない。

とりあえずケンは自分に繋がりそうな内容までは拾っていないことを確認すると、何気なくその話題を終わらせるように言った。


「お客かもしれないし、第一聞き間違いかもしれない。そんな気にすることないだろ」


楓の言葉に半分納得しながらも、ケンは微妙な顔をしている。
そんなケンに畳み掛けるようにして楓は付け足す。


「堂本さんとレンさんを信用出来ない?」


その言葉に顔を上げたケンは、楓を見た。


「ケンが疑うか、信じるか。それだけだろ」
「信じる!」
「だったら、ただの世間話さ。別に悪い話なんかじゃなく」
「……だよな!」


いつもの明るい表情にようやく戻ったケンをみて安堵の溜め息が出る。


「大体、ケンの耳がおかしいのかもしれないしな。そもそも」
「シュウ、なんか急にキツくねぇ?」
「…それも気のせいじゃない」


いつもの穏やかな雰囲気に、楓は胸を撫で下ろした。