嘘つきなキミ


視線の先の喉が動いて、そう発音する。

楓はゆっくりと顔を上げ、そこにいる人物と目を合わせる。

驚きはしなかった。
先刻の電話で、ここに来ることが予想出来ていたから。


「大丈夫か」


その優しい声と頼りになる雰囲気。
楓は一度抑えた筈の涙腺がまた決壊しそうになる。


「…うもと…さん…!」


焼け付くような喉からその名を絞り出す。

本当はこんな風に弱味を見せるなんてしないし、したくない。
だけど、どうしても目の前に居る―――堂本には強がることも出来なくて。

小刻みに震える体を見た堂本は、そっと手を伸ばし掛けるが、途中でその手を引いた。


「落ち着け、楓」


本当に不思議だ。
堂本の声は魔法のように。

「楓」とその声で発音されると、どこか安心出来て、平静を取り戻せそうだ。

呼吸もいつも通りに出来るようになると、楓の視点が堂本に定まって目の色が生き返る。


「あ…わ、私―――」
「…水、飲むか?」


カラカラに乾いていた喉から出た声を聞いて、堂本が近くにあったグラスを楓に手渡す。

それを両手で受け取ると、自身の手の震えが止まっていることに気がついた。


「何か、あったんだな」


コクッと水を流し込んだ時に、堂本が何か思い当たるように楓に言った。
その言葉に楓は驚いて、堂本を凝視する。


「おれで良ければフォローす…」
「そんな! 家のことまで迷惑掛けられません」
「………家? リュウじゃなくてか?」
「リュウ…? あ…」


楓の様子がおかしいと思った原因を、今さっきレンから聞いた堂本はリュウだと思っていた。
反対に楓は、なんでも知っていそうな堂本に家庭の事情が漏れたのかと、自ら墓穴を掘った失言に口を噤んだ。