「大切で、助けてくれる、心強い弟がいる。それに、こっちにきてから他にも支えてくれる人たちが増えた」


あの日飛び出し、ひとり歩いてきた自分の足をみて、楓が思い出しているのは瑠璃やレン。そしてケンのこと。

ゆっくりと自分のつま先から視線を前方に移し、黒く光る革靴を捕える。
その革靴から足を辿り、首元まで顔をあげると、堂本と視線を交錯させた。


「――――そんな人たちが、手を差し伸べてくれたから……だから、今の私には星見さんの助けはまだ必要ないと思ってます」


そのまま目を逸らさずに、楓は口角を上げ、言い切った。
堂本もまた、見つめたまま、ニッと笑って、一度だけ頷いた。


「んじゃ、行くか」


そういう堂本の温かい眼差しと肩に置かれた手に、褒められた子どものように嬉しそうな顔をして、コクリと頷く。

背を向け退室しようとする堂本を追うように、楓はペコリと洋人に大きくお辞儀をして踵を返した。


「――本当になにか困ったことがあったなら!」


圭輔も含め、3人がドアの前まで歩いた時に洋人が声を上げた。

全員が振り向く中で、洋人は楓を見つめた。
そしてその後ろに立つ、背の高い堂本を窺うように見たあとに言った。


「……由樹(そいつ)でもダメなときは、遠慮なく私のところに来ていいから」


すると、楓よりも先に堂本が鼻で笑って答える。


「はっ! 全く、親父はいつまで現役で働くつもりなんだよ」
「……」
「……ま、そう言ってるし、なんかあったらアテにすっか。楓?」
「――はい!」


男の人といて――誰か、他人といて、こんな笑顔を浮かべたことなんて見たことがない。

圭輔が横目で姉の楓を見て思った。

ガチャリと堂本がドアを押し開ける。
堂本に続いて出た楓は、廊下に出るとなんだか先ほどとは違った清々しい空気に感じた。

あとから出た圭輔がドアを閉める。

数メートルエレベーターホールに向かって歩いていた時に、楓が「あっ」と声を上げて足を止めた。