松山は澤村の妹がやっている赤坂の店にやって来た。

 妹といっても、父親が外に産ませた子らしい。

 店は五十過ぎ位のバーテンと妹の二人でやっていて、ピアノが置いてあり、時々澤村の妹が弾き語りをしている。

 店の一番奥の席に澤村は待っていた。

「済まん、わざわざ時間を作ってくれて」

「兄さん、水臭い事言いっこ無しですよ。電話を貰った時は嬉しかったです」

「澤村、その、兄さんというのは止めよう。俺はもうヤクザから足を洗った人間だ。普通に名前で呼んでくれ」

「兄さんがそうおっしゃるなら」

「又言ったぜ」

 二人の間に軽い笑いが零れた。

「ご無沙汰してました」

 その席へ澤村の妹がやって来た。

「久美ちゃん……だよね?」

「はい」

「いや、見違えた……随分と綺麗になられた」

「早くどっかに嫁にでも行ってくれればいいんですけどね。ほっといたら売れ残ってしまいますよ」

「それは心配無いだろう。これだけの美人になったんだ。逆により取り見取りじゃないのかな」

「おじ様にそう言って貰えて光栄です」

「久美子、何か弾いてくれないか」

「ええ。おじ様、ゆっくりしていって下さいね。じゃあ」

「本当に綺麗になったな」

「ええ、ちびで泣き虫だったあいつでしたけど……」

 二人は少しの間、久美子のピアノに耳を傾けていた。

 薄めに作って貰った水割りを味わうように飲みながら、松山は昔の事を思い出していた。

 ヤクザとしての松山は、将来をそれなりに嘱望されていた。若い衆の面倒見も良く、上の者からも重宝がられていた。

 澤村は、その頃百人会に入ってまだ間も無い頃で、澤村の兄貴分であった水嶋と松山が兄弟分であった事から、何かと目を掛けていた。

「水嶋の事は残念だったよな……」

「兄さん、いや匡さんが出所して来るのを一番楽しみにしてましたから」

 百人会が親栄会に吸収されてからも、水嶋は渋谷で自分の組を維持していた。

「匡の帰って来る場所を残しとかなきゃって、何時も口癖のように言ってました」

「チャカで弾かれたって死なないような男だったのにな……」

「気付いた時はもう末期癌でした……」